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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

そこに愛はあるのかい?

いきなり90年代臭プンプンのタイトルですみません。
野島伸司「ひとつ屋根の下」のセリフでした。


日本人の生真面目で周りの迷惑を考える性質は、東京のように大勢が共生すべき社会では快適に暮らすのに役立っていますよね。

でも、最近は行き過ぎて息苦しいと思えることも。

たとえば昼休み時間帯に知らないコンビニに入って、並ぶべき場所がわからずレジに行ったら舌打ち&ありえないと言われた知人。

でも、その知人は「間違えた自分が悪い」というので、「間違えてるなら、こっちに並んでと教えればいいことで、嫌味を最初に言うのって優しくないんじゃないの?」と思ってしまいました。


私も通勤時間に子どもと地下鉄出口を探していて、ローカルルールに気づかず割り込んだと思われ、明らかに聞こえるように舌打ちとしつこい文句を言われてしまいました。
私は「どーもすいません!どうぞお先に!」と大きな声で譲ってしまいました(はぁ、大人気ない)

みなさんラッシュでお疲れなのですね。

昨今の有名人の不倫叩きなんかもちょっと怖いくらいですよね(あなたたちに何の関係があるのだ)
個人のそれぞれの中で「見損なった」と思うのは結構ですが、誹謗中傷していいことにはならない。

「こうでなくてはならない」という規則を外れたものにとても厳しいですよね。
でも、夫婦も親子もそれに縛られすぎて、本来の相手との関係がおかしくなったりしませんか?

ちょっと時計のねじがとんじゃっているかもしれない話

たとえば、私は鬼のようなことを前記事で書きました(恥)が、気が長いことはかなり自慢(なのか?)できます。
夫は若いころ私との付き合い始めはひどい「遅刻魔」でしたが、携帯も漫画喫茶もない時代に駅でうろうろ1時間単位で待っていました。きたら怒るけど直らない。
時々駅構内の本屋などをぶらつきまた戻り。
そのときに、近くで「15分も待たせるなんてありえない!!」と怒っている女性がいました。「おお、私はすでに40分経過だよ。いつもこんなだよ。」

最高記録では、あまりに来ないので途中で待ち合わせ場所違うかと思って移動してしまったりして、結局会えたのが6時間後のときがありました(バカと思っていただいて結構です)

そのときは会えたときに映画の主人公ばりに駆け寄り抱き合いました。一回転はしたかな。
今ではありえないシチュエーションですね。そしてもう二度とない。

どれだけ惚れているのよ、と思ったかもしれませんが、私は友達でも同様に待つと思います。だいたい時間かけてきて、会いたい相手に会えないで帰る方が待つより嫌なんです。親しい人と会うのは大好きなのです!

巷では遅刻魔とは付き合う価値なしと思われる方が多そうですが、夫は数年後(!)には変わりました。
そしてそのせいか、私のことはとても尊重してくれるパートナーとなりました。
他人に無関心で、息子にも冷たい(?)けれど、私が「疲れた〜」というと、「マッサージしようか。足裏シートはろうか?」。
先日もヒールを履いて出かけて予想外に歩いてしまい、痛くて歩けなくなったらサンダルを買いにひとっ走り行ってきてくれました。
息子に「パパ優しいでしょ〜」と話しました。
息子は母の日もなにもしてくれないので、子育てはうまくいかなかった。


待ち時間は機会損失ととらえる方もいらっしゃるかもしれませんが、私にとっては超長いスパンで、パートナーを調教育てたのかもしれません。

昔、三上博史主演の「チャンス」という大好きなドラマで(またか)、破天荒な主人公が「小さくまとまんなよ!」なんて言っていましたが、15分でカリカリしてたら、幸せも飛んでいくのです。

公共の乗り物でのいろいろ

妊娠初期、誰が見ても妊婦とわからない時期は、通勤で立っているのが大変で途中下車したりすることもありました。
お腹が大きくなってから2回ほど席を譲ってくださったのはどちらも30代くらいの男性でした(おそらく妻子あり?)。素敵! とても嬉しかった!

いまはマタニティマークの賛否なんて言われていますよね。
なんだかさみしいな、と思うのです。別に譲りたくなきゃ譲らなくていいのですよ。
優先席って決まりじゃなくて、配慮じゃないんですか?
妊婦もけが人も1日仕事してしにそーに疲れた人も、一見して個人の都合はわからない。譲れる余裕があれば譲りましょう。それだけ。だからマークも「譲れって言われているよう」と否定する必要なし。つけている方も、譲られて当然と思わなければよい。

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以前少し混みがちなバスに夜に乗ったとき、小学生くらいの子ども二人を連れたお母さんが子どもを優先席に座らせていました。
私と友達の子どもが近くに立つと、そのお母さんは小学生だけれど小柄な友達の子どもを気遣い席を譲ろうとしました。夜なのでお年寄りはいませんでした。
友達は断りそのままでしたが、あとから40代くらいの女性が夫らしき男性に大きな声で「子どもを座らせるなんて信じられない。いったいどういう教育しているんだろう。」というのです。
二人立ったら余計混むし、ほかに優先席に座りそうな人いないし。
空席にしておくよりいいんじゃないの?
といらっとしましたが、この女性その後もしつこいのです。
夫と思われる方は同調しないまでも「いい加減にしろ」とも言わない。
静かなバスにその女性の批難だけが響き渡る。
かといってもう立ってる人も多くて子どもたちは立ち上がれません。
母親は必死に、子どもに「立てる?」と聞いている。

 

もう、私の怒りメーターがぐんぐんあがってしまったのでした。

優先席って譲るべき人がいたときに譲ればいいんじゃないの? あなたの暴言の方がよっぽど不快だ! とあと一回言葉を発したら言ってやる〜〜〜!

規則、規則、規則(そもそも優先席は規則じゃない)
ばかじゃないの〜〜〜!!! 心臓バクバクでした。

結局女性が黙ったので、私が騒ぐことはなかったのですが、親子が不憫でした。
きっと二度と優先席座らないんだろうなー。

マナーを正義と思ってそのためなら間違えた人、自分の感覚に合わない人を傷つけてもいいというのはおかしいです。

以前上海を旅行した時、街の豆汽車みたいなバスに乗ろうとしましたが、列らしいものがなく、バスが到着して前の乗客が降りたら、あちこちから人が殺到して、とても日本人には無理だわ〜と諦めました。

でも、万博にいって列に並んでいる時、高齢者に若者が積極的に配慮してあげているのをたびたび見ました。現地に住んでいた友人は、「こっちの人って高齢者を敬うのよ。」と。
別のところではタクシーの列に割り込まれて友人が喧嘩していました(曰く中国語だと人格変わらないとやっていけない)けど、ガイドさんもそこここで知らない人に情報を聞いたりと話しかけて、気持ち良く答えてもらい、うまくやっている。

ちょっと日本人が忘れているところもあるわーと思いました。 

愛があれば対応は変わる

すみません。なんか胡散臭い見出し。
共働きで当番制をとっているご夫婦などで、なにかあっても臨機応変に変えられないご夫婦などを見ると、何より相手への配慮があればストレスなく変わってあげられるのかなと思います。
うちは私が勤めていたころ、二人とも帰宅が遅かったのですが当番は一切なくストレスもありませんでした。やるべしと思うハードルがゆるいのもあり、互いに相手への期待も少なかったので。

しかし、こと子どものこととなると「しつけ」が入ってしまい、自分も夫に対するような一個人としての尊重を忘れてついつい押し付けてしまうこともあります。

特に中学受験などを親子で頑張った親御さんは、「あれだけ頑張れたんだから、なんでいま頑張れないの?」とやきもきしてしまうのですが、私は自分の中学時代を思い出した途端に何も言えないな、と思いました(自分の過去がひどすぎて!)。

 

というわけで、適当に「これでいいじゃん育児」をしていけたらと思っています。

 

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