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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

不条理、理不尽だらけのこんな世の中に

縛りが少なくなってきた現在

昔と比べていまは選べる時代ですよね。
職業選択も自由。結婚するかしないかも自由。

実は昔の方が
「なんで剣がうまいのに農民にうまれちゃったの?」
「なんで戦うの嫌いなのに武士にうまれちゃったの?」
「なんで勉強ができるのに女性にうまれちゃったの?」

いろいろあったと思うのです。
でも「そういうものだ」という頑然とした制度や世間の価値観があったからこそ、「仕方ない」と思えたのでしょう。思えたわけではなくても、敢えてそこをはずさなかった。

 

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いまの自由度の高い社会は望ましいとは思うのですが、反面いろいろな縛りがないことで、
「結婚するきっかけがない(しない選択をしたわけではなく)」
「子どもを作るきっかけがない(産まない選択をしたわけではなく)」
なんて面倒なことになってしまった。
期限のない仕事がなかなかできないように、ある程度の縛りというのもあった方がいいのではと思うことも多いです。

 

また、選べるようになったとは言っても、容姿や能力などの持てる才能の違いや環境などいまでもどうしようもない不条理もなくなっていません。さらにいろいろな考え方をする人がいるので、価値観の違う同士となると相手の要求が理不尽と思えることもおおいでしょう。

山中置き去りの親子の是非が世間を賑わしましたが、子どもの頃は家を追い出されたことありましたよね。私の母など父親(私の祖父)にでかいちゃぶ台をもって外まで追いかけられたこともあったそう(聞くとギャグでしかないけどきっと相当こわい)。 


いまは、育児法も褒めて伸ばす、学校でも体罰禁止と少しずつ変わってきていて「本人が大切にされる社会」になってきています。
それは喜ばしいけれども、そうやって育った子どもは、大人の理不尽さや環境の不条理に対する耐性が弱くなっていないかと思うのです。

 

可愛がらない父

うちの息子が赤ん坊の頃、父に一時間ほど実家で息子を見てもらって出かけたことがありました。

もう新生児ではなく、歩き回るほど活発でもないし短時間でしたので、とくに父のすることはなかったのですが、帰ってみると息子は泣き叫んでいて、父は息子の近くにはおらずテレビだかなにかを見ていました。

母はそれを見て

「泣いているんだから抱っこしてあげればいいのに」

と言いました。

また、義父が子どものあしらいがうまく、皆で一緒にいても子どもはみな義父に遊んでーと懐いているのを見て、母はなにもしない父のことを気が利かないと言うのです。

父は優しい性格ではありますが、ギャーギャー子どもが騒ぐのは嫌いで、子どもの頃は私たち子どももたびたび注意されました。

 

でも、私は母に言いました。
みんながみんな子どもが好きなわけじゃないんだから、かわいいかわいいだけいって構ってくれる大人ばかりでないってことを知るのには父のような人が身近にいてもいいのじゃないか、と。

 

ちやほやされすぎて自分が天下の王子様、お姫様。
怒られることもないから万能感だけあって、いっぱしの大人と同じ気持ちになっていく。高学歴の新入社員が「これは私のすべき仕事ではない」などと言うのもそう。
「まだ新人なんだから仕方ない」という視点はあまりありません。

厳しい師匠の付き人の得るもの

少し前、テレビで落語家の弟子が師匠の一挙手一投足を見て、それこそタバコの火をさっとだす、灰皿を渡すなどココというタイミングでやっているのを見て、新しい発見をしました。
以前は師匠はただ威張り散らすことで自分の立場をしっかり固めているだけなのかと思っていました。
でも、そのお弟子さんを見ていて、「あ、これだけ人の行動をいまかいまかと見ていたら、師匠がこういったときどう動くのかが知らないうちに刷り込まれていく。いざ独り立ちしたときにまるで師匠のように立ち居振る舞いできるんじゃないか」と思ったのです。
口に出して説明するだけでは発見できないいろいろなこと。

 

私も仕事の師匠はいましたが、そのお弟子さんのようなことまでしませんが、机を掃除すればどんな本があるかを知り、駄目出しをくらってヒントをもらっても「自分の方がいいのになー」と思っても、言われた通り変えてみることで、仕上がりは確実に良くなった、という体験をしてきて、

「理屈でこねくり回して反論する暇があったら、まず言われたことをやってみるって大事なのだな」

と思いました。

 

とにかくやってみろ! 

「騙されたと思ってやってみな」

という言葉がありますよね。こういうことって、「口で説明したってわからない。自分が実感しなくてはわからないんだから、わからなくていいから納得しないままでもとにかくやれ」ということですよね。

いうことを聞かずに理論武装する弟子に手を焼いた師匠が言い始めたのかしら?
私は時々息子にいってしまいます。
そして、この前なにかをしてみたらといったら、息子の方から

「騙されたと思ってしてみるよ。」

と言われました。

少しは騙される気になったか???  いやいや、まだまだ息子は相当の頑固者なので、私は最近はあまり衝突しないように引き気味です。
早く本人が気付いてほしい。

 

でも、少しは人の理不尽な要求だったり、また自分より努力していない友達が自分よりできる、なんていう現実の不条理にも立ち向かえる力はつけてほしい。

といってもブラックバイトにはまらないでとは思いますよ! もちろん! いまはそういう、愛のまったくない理不尽が多くてそれは考えものです。真剣に!

 

その一つとして、父のように子どものことを最優先にしない大人がいてもいいのじゃないか、と思うのです。そして、意外と理不尽なことが瓢箪から駒となることも。

実際の私が忘れないセリフいくつか。

お客さんが自分の仕事に

「こんなの全然良くない!」
っていってだっさい見本を持ってこられたので、なんなんだよ! あなたのセンスは! と思いましたが、仕事に対して気は引き締まりましたよ。

 

高校の担任が親に

「あんなあまり真面目でない子と付き合っているとろくなことがない」

なにをぉー失礼な!とおもって奮起したおかげで成績上がりました! 先生ありがとう。

 

高校の担任が私に

「君はスキー教室に参加できるレベルではない。部活にはいるなんてありえない。」

まあね、まあね。そうですよ。確かに。勉強に専念すりゃいいんでしょうと奮起して成績アップ! 先生ありがとう。

 

ただ、理不尽な要求になんでも従え、という気持ちはありません。
基本的には、「もっと選べ」と思うのです。それについてはまたの機会に。

 

 

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