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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

指導者は大切〜プログラミングはプロに習いたい〜

指導者によって結果は大きく変わる?

「仰げば尊し」というドラマを見ています。あれは、実話をもとにしたドラマのようですが、実話では、プロの音楽家だった先生がある高校の吹奏楽部の顧問となってたった2年で全国優勝を果たしたらしいのです。
先日、この高校ではないのですが、同時期に同県の吹奏楽部にいた知人に話を聞きました。すでにその頃は吹奏楽部名門として有名だったそうですが、すごい練習量だったらしいということでした。

 

最近での名将といえば、ラグビー日本代表のエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチですよね。
優秀なコーチにつくことで、練習法から戦略まで新しい要素を取り入れて、「体格差」で言い訳にしないプレイができたのではないでしょうか? 確かに、2012年の就任時に話題になっていて、今度の日本代表は違うのかな、と期待はしていました。
下記記事などでも参考になることは多いです。

qreators.jp

 

この記事でも目標を高く掲げることや、できることを裏付けるような練習をすること、褒めて育てないなど、一流にするために必要なことがいくつも窺えます。

 

アスリートのコーチなどは、本当にコーチの力は大きいですよね。
でも、いいコーチに当たれるかどうかがまた大事でもある。

以前ご紹介した『諦める力』でも、コーチに関して、アメリカ系のトップ選手はコーチを必要な部分に対して雇うという感覚があるが、日本では師匠という感覚で、特に陸上界ではたまたま出会ったコーチにずっとついていくことが多いと書いています。

また、まだまだ根性論に頼っている指導者も特にスポーツ界には多そうですが、エディ前HCなども、大変論理的に分析をしたうえでの過酷な練習をしているようです。

そういったコーチ選びも実際の取り組み方も感情ではないところでなにが目的か、それにはなにが必要かをかんがえていくことが大事なような気がします。

 

先日オリンピック放送で野村忠宏氏が柔道の井上康生監督にインタビューをしていました。そのときに野村選手と自分の違いについてこんなことを話していました。

練習量は自分の方があったと思うが、こういったときにどうすればいいか、といった対策をよく考えていたのが野村さんなんじゃないかといった要旨でした。
自分はそのとき、そこまで考えが至らず、とにかく練習して自信をつけることだと思っていたというようなことも。

 

きちんとした考えをもった指導者につく、ということは大事なのだろうなと思うのです。
仰げば尊しの金賞をとった生徒も他のコンクールに出た生徒たちとポテンシャルは同じだったと思います。コンクール常連校などがあっという間に負けたのは、やはり指導者の力なのだろうなーと感じてしまいました。

なぜ指導者が大事か

やはり、いろいろな経験があり、そこからどういう答えを導き出せるかということ。その多くの経験を指導を受けるものは多くの経験を経なくても享受できるということが大きいのだと思います。

 

スポーツや楽器など技術的要素の高いものはともかく、勉強などは机に座ってやればいいことから、若い時はとかく、その経験から受け取るものの大きさを理解できません。
しかし、それを知らずに我流を通すのってもったいないと思うのです。

 

身近な話では、私が子どもたちの勉強を見ているときに、多くの子は本人の勉強法ではとても効果をあげられません。
なんども指導して少しずつ効果的な勉強法に慣れてもらうようにしています。
また、「なにをするためにこの課題をしているのか目的を明確にして」と話します。

目的がわかって、ある程度自分のやり方で効果が出るのか出ないのかを見極めれば、おのずとやるべきことは見えてくるはず。
だけど、多くの中学生やまた多くの素人にはその辺が自分だけでわかるまでに時間がかかる、どころかそこまで考えるに至らない。
また、どういった鍛錬の方法が効率的かについても考えるか、考えないか、そして適切な答えを導き出せるか。

よく勉強の嫌いな子を見ていると、「歴史が苦手なんだー。」と簡単に言ったりします。

「歴史は覚えることがメインだから、やりたくなくてやらないから覚えないだけだ。」
と伝えます。
逃げ道を作って、知らず知らずその逃げ道だったはずのものが大きな原因みたいに思えて「だから勉強は苦手。私には無理。」という大きな決断にまでなってしまう。
苦手を本人がどうとらえるかも先々の課題に対する考え方を変えていく要因だと思います。
一人で勉強している子にこういった考えの持てる子は少ないと思います。
そうなると、なかなか結果が出ないためにやる気のコントロールができなかったり、効率的に覚えられず

「がんばっているのにできない。虚しい。私には才能がないのか。」

となってしまう。


我が家で言えば、私は中学受験の勉強については経験がないので、カリキュラム的なことも志望校選びもまったくわからないので、何をどのくらいやっていいのかわからない。
何をやればよいか、だけではわからないいろいろがあったので、塾に入れる目的はその辺を補強することでした。

以前も書きましたが、自分が学生時代塾講師をしているときなどに、
親はここに子どもを通わせて、どれくらい費用対効果が見込めると思っているのだろうか、本当にここでいいと思って預けているのかな、と思ったことがあります。

 

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指導者をじっくり見極め検討する

私は子どもの頃お絵描き教室に通ったことがあります。最初のところは大人数で、画用紙にクレヨンで描いて先生のところへ持っていくと、ただ、
「もうちょっと元気よく、ゴシゴシ描きなさい」
と言われるだけでした。

絵は好きだったのですが、すごく物足りなさを感じたことを覚えています。
その教室がなくなり、別の教室へ行くと、今度は先生が後ろから手を添えて一緒に描いてしまうのです。

課題自体は凝っていて面白かったのですが、仕上げがどう見ても自分の作品じゃない。きれいにまとまりすぎているのです。

 

中学の美術の先生にも最初の教室の先生のように結局何がダメなのかを教えてくれない先生で、大変ストレスがたまりました。
なんか、とりあえず絵なんて真剣にやる気ないでしょ、こっちも適当に授業終わらせます的な匂いがぷんぷんしました。

 

 

小学校の図工の先生はそれに対して、とても面白い先生でした。
普段は厳しくないのに、とにかく画用紙の上に何かを置いたら怒られる。
そういった心構えを教えてくれたり、クロッキーをさせて丁寧な講評をしてくれたりしました。また、作品が良かったりするととても喜んで評価してくれる先生でした。

幼稚園〜小学校に通っていた時の絵画教室ですから、私は幼かったのですが、幼いなりに不満を持っていました。もしあのときに小学校の図工の先生のようにのびのびと、でも専門家の視点で意見をしてくれる本格派の先生に出会えていたら、私の絵との関わり方はだいぶ違っていただろうなと思うのです。

 

実は音楽の先生にも同様の違いを感じていました。
小学校の音楽の先生はとても本格派で、街のオケで指揮をしていたりして、それを見に行ったこともあります。おかげで恥ずかしながら一番オーケストラに触れたのは小学校時代です。
自分の手持ちの楽器を貸してくれて、上の先生の図工とコラボして作ったダンボールの弦楽器と、本物の金管楽器を組み合わせた擬似オーケストラをやったことがあります。そのときは弦楽器は弾かないにもかかわらず、本物のオーケストラの譜面を配って、それに対してこれはこう、と指導をしていったのです。実際と同じ手の動きを再現しました。

学校のブラスバンドも中高生並みに練習していて、金管楽器の子たちはとても熱心に練習していました。
合唱になれば、毎回腹筋と音階練習から必ず始まり、有名校の合唱映像を何度も見せられました。 

けれども中学に入った途端、先生のピアノに合わせてただ歌うだけ、歌唱指導も何もない。そのつまらなさにほとんどの生徒は真面目に参加していない状況でした。

 

以前も書いたと思うのですが、子どもだからといって中途半端なものを与えないでほしい。子どもだって本物の良さをわかっています。

 

息子が小学校のとき、クラスメイトと二人で学校の先生たちがなんで教師になったのかをインタビューをしようといって何人かに聞いたことがあります。それによると、何人かの先生は、やはり自分が良い先生に巡り会えたからと答えていました。
出会う指導者によって人生も変わるのだな、と思います。

指導者を大事に思ってほしい

「ゆとり教育」は失敗だったと言われていますが、単純にゆとり教育の目指しているところが悪いわけではないと思います。

 

スローガンだけは理想を追っていますが、結局その理想を実現できる環境が作れなかったのではないでしょうか?

その後の武道やダンスの中学校での必修化もしかり。
未経験者の講師が忙しいなか、簡単な講習を受けただけで授業の指導をするとか、それを必修化するほどの意味がある授業になるのでしょうか?

 

そして次は、プログラミング教育必修化。
この記事でも高校の情報の授業が中途半端なものだというように書かれている。

 

www.itmedia.co.jp

 

こうした動きには英語必修化同様、当然「時期尚早」との異論も出ている。03年に必修科目とされた高校の「情報」も、なかなか教える人材を手配できないため、「街のPC教室以下」ともいわれる低レベルにあえぐ学校も多い。私が見聞した実際の授業でも、単にWordやExcelなどのソフトの使い方を教えるにとどまったり、SNSでのリテラシービデオを見せて学ばせるといった、ややお粗末な内容が多かった。事実上、受験向け科目に振り替えられるケースも見受ける。

 以上引用

 

なんとなく、こんな風になるのじゃないかなーという恐れが。

 

冒頭に戻りますが、部活だって未経験の先生が顧問になって見よう見まねでやっていると、プロの指導者には敵わないのかもしれません。
また、先生が顧問だと先生の異動によって顧問が変わるたびに部活のやり方や目指すところが変わってきてしまうのではないでしょうか?

最近は部活も先生ではなく、外部コーチにお願いすることが多くなってきました。

運動部などだと、例えば柔道などケガの心配もありますから、きちんとした指導者をおくことで、安心して専門家の指導を受けられるようになるのでしょう。

 

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