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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

優等生をおとす風潮で本当に損する人

gendai.ismedia.jp

 

テレビで主に優等生をバカにすることへの記事。

勉強ができる子はなぜ色眼鏡で見られるのか、という記事内容について、

そもそもテレビはバカが見るものだから視聴者に合わせている、などと記事へのコメントが書かれています。

記事もコメントもなるほどと思って読んでいました。

記事には概ね共感なのですが、多少の違和感も。
自分の環境ではそこまで露骨ではなかったこと、それも環境によるのでしょうね。

私が思い出す優等生

ここから先はしばし思い出話しです。不要な方はとばしてください。
私が小学校のとき、優等生ですでに当時から小学生で進学塾にも通っていた男子はわりとみんなから尊敬されていました。彼をAとします。
彼は中学受験はしなかった。その頃学校で中学受験をしたのはそう優秀でもない男子一人だけだった。

 

新興住宅地にあった小学校は大手企業の社宅や官舎があり、家庭環境がまあまあよかったけれども、下町のバリバリヤンキーと一緒になった中学になってもAはやはり見下されたりすることはありませんでした。

かなりワルそろいの私たちの学年の中で異質な子がいました。
長ランに剃り込み(時代!)している子もいる中学生の中心にいたその子は、色白ハーフ顔の美形でさわやかな短髪でメガネをかけていて漫画に書いたら典型的優等生みたいなB。勉強はできなかったと思う。わからないけど。
その見た目で、卒業式で合唱の指揮をしたり、学級委員になってみたりしているにもかかわらず、多分学年で一番恐れられていました。
実際Bは時々ブチ切れると校内暴力で金八先生の加藤バリに机を教室の端から端まで投げ飛ばしたり、下っ端ヤンキーの口と鼻をふさいで壁に押し付けて離さず、周りをハラハラさせたり、授業中も黙って席を立ってどこかへ行ってしまったりする子でした。

それなのに気が向くと学年会議で「せんせー!やっぱ遠足はディズニーランド行きたいなー!」なんて可愛く言ったりして。キャラたちすぎですね。

 

AはBと中学で知り合い、そんなBのお守役になっていました。ふらっと出て行くBに先生は直接何も言わず、Aに目配せをすると、Aが仕方ないなぁと探しに行くといった感じ。

 

Aは特に小学生の時は、ざわつくクラスを「静かにして!」とたしなめたりするくらいの典型的優等生だったので私はあまり好きではなかったし、結局最後まで好きではなかったのだが、彼はなにか持っていたのだろうなー。BもAの言うことはよく聞いたみたい。
結局私服で自由な高校に進んだAは、私が友達のライブを見に行ったら対バンで来ていて再会。髪が伸びていて、びっくりしました。
勉強しなくていいのかと思った通り、大学受験では苦労をしていました。

 

そうかと思うと私の幼稚園から高校までの幼馴染Cは、見た目が素晴らしい完成度で、小学校、中学校、高校とずっと生徒会の長的なものを任される「見た目優等生」でした。

でも、実際の彼はそんなに優等生でもないし勉強もまあまあのところ。
ただ、よく見りゃまつげの長〜い美形で銀縁メガネが似合っていて。Cは幼稚園の時なぜか私になつき、家に「あーそーぼ」とやってきては、他の近所のお姉ちゃんたちと一緒にリカちゃんで遊ぶちょっと男の子っぽさがない子で、お姉ちゃんたちには「またあいつきたー」とか言われて私は微妙に嫌だったのを覚えています。
中高で生徒会長をやっていたときも、特別熱血な雰囲気もありませんでした。

なよっちいCだけど小学校に入るとやはり一部の女の子に人気がありました。そういえば高校でも同じ中学で生徒会を一緒にやっていた女の子と早々につきあっていたなぁ。
小学校の頃Cの家に行くと、100点のテストだけが見やすいところにまとめて飾ってあって、(おいおい、ダメなやつは捨てたのか?)と内心つっこんでました。
それにしても小・中・高どこの学校でも彼は有名で、お母さんたちの憧れの的だったのです。お母さんたちはまさに見た目で彼を過大評価していたと思います。すごく優秀だと思われていたと思う。私は見た目詐欺〜と突っ込んでいましたが。

 

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ただの思い出話になってしまいましたが、私の思い出す優等生ってそんなにバカにされていなかったなということ。
ちなみに学校で一番頭良かったかもという子は、親が学習塾をやっていて、名門私立付属校へ進学したけれど、いかにもそこが似合いそうな、ちょっときざな雰囲気の子でした。彼は学力とは逆に全く優等生の雰囲気はありませんでした。受験したらすごかった、みたいな。

 

自分の中学生時代は、ヤンキーも真面目な子もそれなりに勝手にやっていた感じ。ですからテレビなどでの定番の描き方には少し違和感を感じます。

 

テレビやメディアが優等生像を画一化しがちなんじゃないか、と思うのです。

定番の優等生像って、テレビなどが作ってきたのではないでしょうか?

優等生とか勉強ができるなんて言っても十人十色。

ラベリングにうんざり 

「さんま×東大生」も面白くて見ているけれど、後半の「東大生=もてない」はむしろメディアが作り上げているんじゃないの? と。

www.fujitv.co.jp

 

また「可愛い子に告白されて断るとかありえない」なんて、時代錯誤も甚だしい。
可愛い子=最高。ガリ勉=選ぶ資格なしって。

古いなぁ〜。

せっかくあの番組、多様な東大生を紹介して、一見変わっていて微妙な人たちを愛すべきキャラにする役割も少しはあると思うのだけれど、最後の落とし方がこれでは。

芸人の暗黙の了解をこの子たちに持ってきたって通用しない。しないからこそ、告白されても喜ばない子もいるのだ。空気読めなさ万歳。 

この現象で気になること

東大生だろうが優等生だろうがいろんな個性がいるのにその古い価値観で固定化して、勝手に単純なラベルをつけて

「勉強ばっかりだとカッコ悪いよ!」

と価値観を差し出されたとき、それが勉強できずに泣いてきた大人の慰みになるだけならいいでしょう。ガリ勉を色眼鏡で見るのは嫉妬からだよ、という意見もあるし。

だけど、実際子どもがその価値観を引き継いで、

「勉強できるのかっこ悪い」

と言って勉強しなくなるとしたら、それはその子にとって大きな損失だと思うのです。

  

だいたい、実際に勉強ができて前を向いている人たちは、本当に好きで勉強をしていたり、目的があって勉強しているので、人からよく思われないから勉強を辞めるという思考には至らないのじゃないか。
そうでない勉強ができる人は、逆に人から勉強ができて出世したいなどなにか目的を持っているからこそ、かっこ悪いと言われるのは本意ではないでしょうが、やはりそれで勉強をやめようとは思わないでしょう。


多くの人たちは、今評価が低かろうが、将来的には逆転すると思っていたり、もしくはそんなことに一切興味がないのじゃないか。

それで「いいたい奴には言わせとけ」なのじゃないかと思うのです。

 

私が気になったのは、テレビの逆差別を真に受けてしまう親が、記事でいう宮根氏みたいな安易なコメントに同調して、わが子の将来を考えるとき、楽で居心地のいいところだけ見て、

子どもは元気に遊んでりゃいい、勉強ばっかりさせてかわいそう

なんて言うのだとしたら残念だ、と思うのです。

もちろん考えがあっての選択なら別です。

 

人は、自分に都合の良い情報を得たがるのじゃないかと思っています。
子育てにおいても、親が怠けたければ、その言い訳に使えるかもしれない。
そう考えると、この記事とは違った意味で気がかりに思いました。

 

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