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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

ママ友の一番の効用〜しょーもない中高生だらけの実態を知る

「ママ友」…という言葉があまり好きではない。
「友」とついていながら人間関係に条件を付けているような曖昧さが。

ただ、便宜上子ども関係でしりあった保護者のうち親しい人というのを簡潔に語る上で便利な言葉だと思う。

 

「ママ友」については、どちらかというとマイナスイメージが多い気がする。
その言葉通り、子どもが関わるから仕方なく付き合う的な、その時だけというのを強調するような。

 

実際すぎてしまえば多くの「ママ友」とは日常的に接することがなくなる。
私は近くとはいえ就学前に学区を越えて引越しをしていたり、そもそも小学校も学区外、中学も一貫校なので、地元密着だったのは幼稚園までだから、近所を歩いていて

「あら、◯◯くんママ!」←なんて呼ばれたことはない。たいがいファーストネームか苗字に「さん」だ。

なんてことはほとんどないので、とても気楽なのかもしれない。

 

そういう私も特に社交的ではないし、このブログを始めた頃に書いたけれども、幼稚園の時はそれまで仲良くしていた「ママ友」が、勢力拡大に一生懸命だったので一抜けした。
それでも今でも何人かのお母さんとは付き合いがある。

しがらみがなくなった「ママ友」とは、子ども同士も環境や特に性別が違えば子どもを介さない関係になるので、ただの「友達」になるのだろうか。

選んで付き合えるので大変楽。

以前は、この人とは会いたいけれど、でも一応グループだから他の人も声かけなくちゃというのがあったりしたが、それがなくなる。付き合いたくない人とはさようならできる。

 

ところで、後から見ればそんなあってもなくてもいいような、だけど渦中にいるときにはだいぶ関心の中心にある「ママ友」だけれど、いいことはこれに尽きる!と思うことがひとつ。

 

人の子のことがわかる、すなわち自分の子だけがとんでもなくしょうもないわけではないことをしる、ということ。

 

逆パターンももちろんあって、素晴らしいご子息ご令嬢の話を聞かされて

「ほんとに? うちの子大丈夫?」

というのもごくたまにあるかもしれない。

だけれどそれなりの数のお母さんたちと話していれば、どちらかというと(特に男の子の親)ひどい話をたくさん聞くことの方が多い。

それで、我が子に少しだけ寛容になれるのだ。

 

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先日も「ママ友」と我が子の何度言っても学習しない話がわかりすぎて、

「そうだよねーーーー!!」

連発。その方も

「めちゃくちゃ心が軽くなった。うちだけじゃないんだ。」

と言っていた。

我が子とは違う苦労をしている人の話も

「そんな苦労がないだけ自分は楽かもしれない」

と思うこともできる。相手より楽で良かったとおもっているわけではない。

 

だいたい子育てで苦しい時って「なんで私だけ? なんでうちの子だけ?」と思ってしまいがちだ。それぞれの家庭に悩みや困難はあると知れば、悲劇のヒロインもやっていられない。

 

先日も、部活も委員会もなにもやらずに暇をしているお子さんが、早い時間に帰宅するにも関わらず勉強もせずずっとYOUTUBEを見ているという話を聞いた。
YOUTUBEが好きな子は結構多いらしい。前にも同じように早々帰宅後youtubeを見ている子の話を聞いた。ゲームもしかり、ラノベにはまる子も。

将来の夢なんかなにもないという子も。部屋がとっちらかっている子(これはほとんどだ)も。夜寝ない子も。生意気な口をきく子も。
うちの子も他の子もみんな、スマホやパソコンを熱心にやっているのを覗こうとすると頑なに見せない。
「業務連絡ならいいじゃない」と言ってもダメ。
「検閲だ!」などと騒ぐ。みんな同じか。

学校の話をほとんどしない。うるせーか黙ってるかしかない。と聞く。
うちはまだ話す方なのだろうか。新学期仲良くなった新しい友達の話をしてくれた。

 

我が子は一人だし、複数育てていても、せいぜい3、4人の実例しかないが、「ママ友」と子どもの実態を語り合えば、結構多くの子のことがわかる。

ああ、うちの子そんなにだらしないってほどでもないのか、とか、それくらいならまだましかとか、思うことができる。

 

同級生ママがきっちりさんで、息子もよくできる。
最初は私の息子の話も「それはいけないね。」と、びっくりしていたが、他の家庭の多くもそうであることを知って、今ではだいぶ息子のことも理解してくれるようになった。

朝起きられない先輩やうちの子がいることを知る。治療をしているレベルで、遅刻の回数が進級、退学に関わる問題になっている先輩がいることを聞く。

多くの人には労せずできることが、できない人がいることを知る。
そうやって許容範囲が広がっていく。

 

実際こんなもんよと知る、ということは、すこしだけ器を大きくできる気がする。それが一番の効用だと思う。

先輩ママなんかだともっといい。

何か愚痴っても、

「そんなの当たり前よ、なにか?」

ってな感じ。

あと、
「そのうち落ち着くから大丈夫」

とも。

 

きっちりママの子どもへの厳しすぎる愚痴に先輩ママたちが一斉に「当たり前!」と返していて、きっちりママびっくりしていた。

「うちはこうしてるわよ。こうじゃなきゃ。」

と言いがちだったきっちりママにそういう言動が減ったのはこのあとからか。

 

男子校生に学校のことを聞いたら信じられないことは多々出てくる。

小学生まであんなにちゃんとすることを旨とされてきたのに、それを笑い飛ばすかのような武勇伝に、母たちも強くなっていく気がする。

保護者会で準備のために机をふいたらどこも真っ黒だった…。こんなところで弁当を食べているの?
生徒の掃除途中のゴミに大きな私物がいくつか混じっている…。(そのまま掃くな)
制服が驚くほど汚れる…。うちの子いじめられているのかしら。
いやいや、うちも。とっくみあいのじゃれ合いをしているみたい。それより、あの真っ白く汚れた制服で電車乗ってるの恥ずかしいんだけど!

それをダメだと言ってくれる女子がいない。そんな男子のパラダイスから帰ってきて部屋がどうこう母親に言われたところでへでもないのだ。

 

子どものことで孤独に悩んでいる時に「ママ友」薬が効くのかもしれない。
いいとこどりで、面倒なしがらみからはうまくスルーする力をつけながら、「ママ友」が悩みになるんじゃなくて、薬になるようにできるといいのじゃないかと思う。
それが難しいんだよー、ってことなのかもしれないけれど。
そこは「嫌われる勇気」で!

 

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