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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

データでみる本当に大事なこと

少し前に売れまくっていた『学力の経済学』。
ずっと前から少しずつ読んでいて、少し前に読み終えていたがまとめるのが難しい。
教育も経済も素人のただの親の感想と割り切ってみる。

経済学で学力や教育について切り込んでいく。

第1章のタイトルは、

「他人の“成功体験”は我が子にも活かせるのか
データは個人の経験に勝る」

と題して、一人の経験談が誰にでも通用するわけではないとし、そのためにデータを取ることの重要さを説いている。

 

章の冒頭で、『統計学が最強の学問である』という本の著者、西内啓氏の言葉を借りて、どのような教育がいいかは、教育を受ける本人の特性や能力、環境などによって左右されるという。

 

前回記事でも少し書いたが、同じ学校の生徒同士でも勉強法もタイプも人それぞれ。
他の家庭のやり方が参考になるとは限らないと思ったと。

一方先日テレビで林修さんが言っていたが、「情報をいかに捨てるかが大事」ということ。「ロバの親子症候群」と名付けて、イソップ童話の「ロバを買いにいく親子」にたとえて、情報を全部取り入れようとして破綻してしまうことの愚かさを語っていた。

こういう話はどんどんテレビでしてほしい。
ともすると、バラエティ番組の教育法については、東大生の多くがやっていた習いごとなどをランキングして、ゲストが「なるほど、水泳はやっぱりいいのね。」なんて取り入れようとしていることが多い気がする。
今回はそういう表面だけ思考停止で取り入れることに林先生が釘をさしていたが。
今回もいいこと言っているんだけど、いかんせん民放バラエティ。飽きる人が出てこないうちに違う話に移ってしまった。

 

そういえば、この番組でも「勉強しなさいと言うな」と言っていたが、本書でもただ勉強しろというだけの「お手軽なもの」に効果はないと書いてある。

確かにそうだと思う。親が勉強を見たり、勉強する時間を決めて守らせるという手間をかけると効果があるというアンケート結果がある。

子育ては思ったより手間がかかる。これくらいの労力をして何か別のことをしたら、ひとついいものができあがるんじゃないか。人間形成にまさるものなしか。

 

他にも、周りとの相乗効果である「ピア効果」について、周りに優秀な人、問題児などがいてどういった影響を受けるか、習熟度別授業の効果などが語られている。

 

第3章では非認知能力を身につけることの大切さについて、こちらもデータと合わせて述べられている。

社会に出れば、IQや学力といった認知能力以外のことが問われることが大きいことから、幼児期から非認知能力を鍛えるような教育を受けた人は、大人になって活躍するということ。

目先の定期テストの点数のためだけに部活動や生徒会活動を控えさせることに慎重であるべき。

 

第4章では日本の教育政策について問題点を挙げている。

本論ではないが、少人数学級が効果的かどうかを調べるのは難しいと書いてあるが、その通りと思った。少人数学級をわざわざ選んで通わせる親の子どもが多く含まれるという点で、通常の学校とすでに差がついている。教育に良い効果が出てもそれは「少人数」だったからよかったのか、親が教育熱心だからかどうかわかりにくい。
我が家も小学校は少人数学級に選んでいれたが、周りもほとんどがそうなので、同じ自治体の中でもたとえば中学受験率は圧倒的に高かった。

 

だが、日本の教育政策は、まだまだ

費用対効果が科学的に検証されないまま

(「学力の経済学」より引用)

なのだそう。

タブレット端末を生徒に配布するというように手段が目的化しているとも。

 

また、印象的だったのは、学力や最終学歴には、様々な個人ではどうしようもないもの(生まれ月、生まれ順など)も因果関係があるということ。

通っている学校の良し悪しと同じくらいどういう親のもとに生まれてどう育てられたかが学力に影響するのだそう。

 

さらに、ゆとり教育などで週休二日になり、その時間を塾などに置き換えられる高所得者の家庭の子とそうでない子との格差が広がったとも言われ、行き過ぎた平等主義が、かえって格差を広げていることについて。

 

なるほどと思ったのは世代「内」では平等だが、世代「間」の不平等が生じていること。不平等を作らずに未来に続く政策評価ができるような工夫をした実験の実施をすることが重要。

 

その他教員研修が必要かどうかなども語られている。

教育政策のあれこれについては、割とこの本の本論なのだが、私自身が詳しくないので感想も省く。

科学的データで教育政策について考えるという本は初めて読んだが、なかなか面白かった。

早期の幼児教育に力を注ぐことの大切さやそれで育まれる非認知能力の大切さがわかった。
そのかわり、本書でも少し触れられてはいるが、たとえば「褒めて伸ばす」ことや「ゲームやテレビを見せること」についていいの? 悪いの? という短絡的な答えだけ知りたいという要望には向いていない。 

ダイエットだって英語の勉強だって、「これだけやれば大丈夫!」みたいな万人への正解なんてない。

きちんと比較しできる環境を作ってデータをとることで、「こういう傾向がある」という分析を知って、ではどうすべきか、冷静に考える必要を感じた。

とはいえ、結局データはデータ。個人はそれぞれ。
確かに子育てに悩み、本を読んでは、「これは違う」「これはそうかも」「これはできそう」「こりゃ無理だわ」などと試行錯誤してきたし、今でも悩んでいる。
子どもを全員東大に入れた佐藤ママの話はテレビのバラエティで十分と思い読んでいない。私にも息子にも真似できないし目指してない!

 

受験前に成績が低迷している時、他の人はどうなの? これでココ受けられるの? と気になって、いろいろなブログを漁った。参考にならないものもたくさんあった(ブログが悪いのではなく、わが家に合わない)が、中にはこれかも! と思うものもあり、それが心のよりどころになったりした。それでそんな本当に極論なわが家のこともいくらか役に立つかもと考えてブログを書いている。

周囲の話を聞いても、今まで考えて選んできた道はそう悪くないと思っている。
幼稚園は経済的理由(安い)と立地(家の隣)だけで選んだのでいまいちだったが、少人数の学校は息子には向いていたし、そこでの生活で得たものが少なくとも大きく今の彼の人格形成に役立っている気がする。先生との距離が未だにとても近いのはまさに小学校の効果かと。

自分の学校時代と比べて羨ましい。もちろんこれはあくまで結果論だとも思っている。
同じ学校にいても合わずに転校した人もいる。合わなくて転校するのもいい選択なのではないか。

結局わが子をよく見て、周りをよく知って、あとは覚悟を決めて選択する。

そういう情報を得ること、でも振り回されないで、冷静に判断することが大切だと思う。

 

そういえば冒頭で紹介した番組では、芸人山田花子さんがまだ幼いわが子を東大に入れたいと言っていたが、その話を聞いて夫と

「芸人として成功している花子の方が東大に入るより難しいことしているよね。」

と話した。

その昔、夫の高校時代の同級生がプロ野球の一軍の投手だったことがある。野球に詳しくない私でも知っていて、「すごいね」と言ったら、「あいつは野球しかできなかった。」と言っていたので、

「いやそれで一流になれるんだから、素晴らしい」と話したことがある。

なぜか、学歴がある方が偉いみたいに思われがちのようだ。

もちろん、学歴をとることが一番楽にできることなのかもしれないけれど。
山田花子さんは多くの選択肢があることを理由にしていたが、ほかの有名大学でもそれは叶う。
また別に、東大もうダメ、海外大学だよ、というのも短絡的。それがブランド志向から外れてなければ同じ。

 

何しにそこの大学行くんだ? と息子にも問いたい。そのために必要な多くの情報をインプットし、取捨選択してほしいのだが、本分の勉強がほとんどままならないので困る。

「私がいくら考えたってだめなのよ。」
中間テストも終わったので、そういうジャンルの読書をすることを薦めた。

自分自身知らなかったから頑張れなかった、という過去がある(だらけた中学時代)
せめて、知らない世界がいっぱいあるということは息子に伝えたい。

 

もう我が子の教育機関は大学を選ぶくらいしかないのだが、なぜこうも教育が気になるのか。教育は、その国の未来を支える大事な根だと思うから。
まだまだ自分たち、子どもたち、できるかわからないが孫世代と日本が多くの人が暮らしやすい国になってほしいなという希望があるから。適切な実験をして、いい教育政策をすすめてほしい。

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