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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

子育てにもリテラシーを持つ必要が

子育てを始めたばかりの頃は、何をどうすればいいのかわからず、いろいろなものに頼ろうとする。
この本では、巷で「これがいい」とされているものに、主に科学的なアプローチなどで本当のところどうなのかを語っている。

章立てとしては、「育児」「医学」「食」「教育」という四つについて。

 

 

育児や医学については、自然育児などになじんだ私には聞きなれたことがまな板にのせられていた。
それこそ「子どもを守るために」と興味を持った自然育児ではあるが、そこはズボラもあるけれども、なんでもかんでも信じて従うことはしなかった。

 

助産院だの自宅出産だのが言われていたが、私は大病院で出産したし、実際、切迫流産で入院もしたので、病院で助かった。
母乳には困らなかったけれど、風邪を引いたときなどはミルクを使うこともあった。
布おむつも一番の原因は大量の紙おむつを買うのが面倒だったのだし、保育園に通えばあっという間に紙おむつ生活に突入した。
結局平凡な母親だったと思う。
それで、話についていけなくなり、講座を自ら開いたりする熱心な自然育児ママたちからは距離をおいた。

結局自分で、「これは良さそう」「これならできる」と思ったことだけやってきた。
「砂糖は毒」だと聞いて、断つことはしなかったが、控えることはした。母乳育児でも私自身の食べ物はそんなに気にしなかったし。(まあ我慢できないからなんだけど!)

 

ある種スピリチュアルなこととか、厳密な食事の制限などは受け付けなかったし、ここを議論の場にする気もないので、具体例は出さないが、理解できないことも多かった。
「食」についてでも言われているが、「自然」という言葉がそのまま安全とは限らない、ということを考えて選択すべきなのかも。

 

ただ、不安な中にいる人には、なにかに縋ってその通りにすることで安心する人もいるのだと思う。

ところでダイエットや健康情報は日々更新されるというか、もういろいろありすぎて、この前も母と朝食を食べる食べないでちょっと行き違いがあったりした。何が正しいかというのは妄信しすぎない方がいいのかも。

 

どちらの意見も、すべてが利権である、とうがった見方をするつもりはない。
信じている人たちがいるのも事実なのだろうし、科学なのだというものも。
そういう意味では、両方の意見を読むことで、自分で判断する力をつけることができるのだと思う。

 

この本でも食に関することなどはいくつか、ちょっと批判対象者と同じ論法になっていないかと思うところもあった。

まあ、超偏食で5年ほど前までガンガン飲酒喫煙していて家に引きこもりの義父が、この歳でもピンピンして、外出すれば一番タフでいるのを見ると、あまり気にしすぎず、神経質になりすぎずにテキトーに生きていこうと思うのだ。

 

ただ、結構読んでいて面白かった。読みやすいし。特に小さい子を育てている人は読んでみては。

 

個人的に気になったのはやはり「教育」の章。
これらは不勉強のため、みななるほど、ということばかりだった。

「誕生学」なんかに対しては、本書にほぼ共感した。
自傷する子への理解がないこと。傷ついた子に命の大切さを説いても意味がないこと。

今まで漠然と感じていた、自殺志願者に向けて「死ぬ気になってやればなんでもできる」と意見することに違和感を持ったことを思い出した。

誕生学にはまったく触れたことがないので、なんとも言えないが、引用部分には軽くいらっとした。昔から(別に斜に構えて生きてきたわけではないが)きれいな言葉があまり好きじゃないのは、こういうことか。改めて自分がわかった気がする。

また、「2分の1成人式」に対しては、何も疑問を持っていなかったので、驚きがあった。

というか、今、こんななの?

息子の頃は、普通に授業参観の日に将来の夢を語ったのを聞いた程度。ああ、少しだけ親への感謝もあったかもしれないが。それなりにみんなの夢を聞けてよかった程度の印象だった(誰も泣いてない)が、本書によれば、感動を作ろう作ろうとするかのような式もあり、全員涙涙なんだとか。

誕生学にしても、これにしても、

生まれてこられてよかった! 生きるって素晴らしい! 未来があるってワクワクする!

そんな感じ? なんだか気持ち悪い。臭いものにふた。

そういえば小さい頃からの写真を集めて、アルバムを作るのを学校でやっていた。息子はなんでも遅いので、結局完成しなかったのだが(笑

感謝の強制、多様な家族の否定。なるほど。これが教育現場で行われるのはどうなのかなぁ、と思えてきた。2分の1成人式自体の否定ではなく、この、感謝、感動の押し売り、である。有吉の「元気の押し売り」を思い出してしまった。

 

「親学」…「学」ってつけるとなんかいいことっぽいのだろうか。
確かに昔ながらの価値観礼賛的な感じだ。これを主張する高橋氏の文章は、親学を立ち上げるより少し前だろうか、とある事情で(自ら読んだのではないが)何回か読んだことがある。なんだかよくわからなかった印象だったが、こんなことになっていたのか。特に腹も立たないが、教育現場で取り上げられるとしたら、余計なお世話って感じだ。
ぜひ親学で検索してみてください。

 

「水からの伝言」にいたっては、何をか言わんや、である。

水からの伝言 - Wikipedia

道徳が教科になってしまったし、

いじめに正面から向き合う「考え、議論する道徳」への転換に向けて(文部科学大臣メッセージ)について(平成28年11月18日):文部科学省

↑こんなことも言われているけど。

自傷する子への対応なんかと同じで、道徳で解決できる気がしない。

 

本書の帯には「子育てにもリテラシーを」と書いてある。本書はその一助になるかもしれない。

  

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