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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

話の通じない人との仕事

その他雑感

だいぶご無沙汰してしまいました!

その原因というかバタバタしていたきっかけが仕事でのトラブルなのですが。

 

ある新しいお客さんとの仕事で、そのお客さんが前に依頼していた方が仕事を辞めるというので引き継ぎました。

この前にやってらした方Aさんとしますが、この人がとても話の通じにくい方で、いろいろとしなくてもいい混乱をしてしまいました。

実はお客さんもAさんにはいろいろと振り回されてきたようです。

 

Aさんは圧倒的に言葉が足りないのです。

別に一目で無口というわけでもないふつうのおじさんなのですが、必要なことを言わない、自分の持っている情報もほとんど出さないという方で。
少し迷った末に聞いてみるとすでにAさんは知っていたことだったり。

さらにこちらがした質問にも答えずに、なにかそれに呼応した行動を起こしている(らしい)のですが、そこに2個か3個ステップがあるらしいのですが、それが全くわからないというわけで、話をすればするほど事態が掴めなくなる。

結局Aさんを介さずにいろいろなことを解決することで仕事はあっさりと終了しました。

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自分がいかに普段思い込みで仕事をやり過ごしてきたのか痛感しました。
大事な情報を言ってこないということは持っていないということだろうと甘く考えていましたが、そうではない人もいる。向こうからすれば聞いてこないのだから教えないのかもしれません。

 

Aさんは新しい職場に行かれましたが、どの職場でも大事なコミュニケーションが欠けているので、ご苦労が多いと思います。

 

ただ、子育てなどを通して、世の中には自分の知らない思考回路や思考の癖を持つ人もいて、それは努力とか気遣いだけで乗り越えられるものでもないというのを薄々知りつつある今は、Aさんに対してびっくりはするけれども腹はたちませんでした。

「自分ならこうするから相手もこうすべき」

わりと何も知らない頃はそう思って、思うように動いてくれない人に気を揉んだりしたこともありますが、そういう意味ではいろいろ知ることは、日常を楽にしてくれるのだと思いました。

 

そして自分も特に初めての相手とは接し方を考えたほうがいいと思いました。

 

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Up!

magumagu.hatenablog.jp

習慣化、ルール化

子育て全般

先日地下鉄で息子が帽子を紛失して、東京メトロお忘れ物に取りに行きました。
時々交通機関や警視庁のお忘れ物取り扱いにお世話になってしまっています。
それでも今回はニット帽でしたが、こういうものをきちんと届けてくださる方、保管して手元に戻してくださる方に感謝です。衣類の小物程度だと、まいっかと思いがちですが、取りに行ってよかったです。

ちなみに携帯電話などはいちいち契約者に関わってくるので、子どもが自分で問い合わせて勝手に持って帰ってくるのができなかったりして面倒です。
うちの夫のように普段忙しくて昼間の対応が難しいなら、比較的簡単な方が契約者になった方が楽なようです。今回は懲りて私が息子の契約者になりました。

 

少しずつ、息子が忘れがちなことをなるべくなくすために工夫しています。

 

前にも書きましたが、鍵を忘れないための出かける時の施錠(在宅者がいても)など。
さらになかなか朝バタバタしていて飲めなかった薬は、きれいなお菓子の箱を薬の入れ物にしたら、間に合わなそうな時は箱ごと持っていくようになりました。
朝は間に合わない時用に、パンや野菜ジュースなど持ち歩けるものも常備(生協の日持ちのするパンは大変重宝します)。

 

お小遣いを、毎日やるときめた課題をやり終わったという報告の都度渡すように変えました。毎日フルにできると今までより1000円増えることになるので、皆勤だとボーナスがつく感じ。
最初はそれでもやらずにいたり、報告をしなかったりでしたが、もらえるべきお金を瓶にいれて見える化するといって実際やったら自己申告するようになりました。(月末にもらい損ねた分が瓶に残っているのを見るわけです)

 

勉強の成果にお金をあげるのはどうなのかなと思うのですが、どうしても必要となることがないと、なかなか実行できなかったので、在宅者がいるときの玄関の鍵の施錠と同じですが、実行するきっかけになることが必要でした。

 

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気持ちの揺れが大きくその場での自制が難しいので、「必ずこれをする」と理由を問わないことにして、単純化、習慣化できるようにしているところです。

 

勉強以外にやりたいことが多くあるなかで、強制的に塾に通うのと同じように、ある程度は決めてやらせないといけないのですが、なかなかうまくいかずに苦労しています。私自身も決めた時間に必ず何かをするのが苦手な方なので。

 

と同時に、勉強しなさいという話ばかりにならないようにしなきゃなぁとも思っています。このバランスが難しいと実感しています。

 

一方私は、いま少しずついろいろやらないことを増やしています。
気に入ったお店やウェブサービスの会員になってしまったりしたものの、ワンシーズンに一度くらいしか買わないのに毎日来るメールマガジンなどもあって。

たいして使わなかったウェブサービスなども辞めています。
受験前にはいろいろ取っていた教育系メールマガジンも、残っていてひとまずいらないものは解除。

ものを持たないこともその一つにしたい。私自身も多少あちこちへと意識が散らかることがあるので、それこそルーチンワークが得意な人は羨ましいです。

自分にとってあれこれ一日中決定をしなくてはいけないというのは疲れることなので、できればその決定を極力減らしていきたい。

いまさらですが、ものを減らすとどこに収納すべきかを考えることが減りますよね。

個人的には物理的にかさがふえないので、電子書籍がいいのですが、あまり安くなかったりして結局その都度どちらか、はたまた図書館か選んでいるので、こちらはいちいち迷うのですが。お財布とも相談しなくてはいけないので難しいですね。

息子と話が通じないわけが少しわかりました

親として 子育て全般

 息子のことは結構たくさん書いているのですが、思春期真っ只中の息子の子育てには多くの親御さん同様苦労しています。

 

vt-maguna.hatenablog.com

  

vt-maguna.hatenablog.com

 

この辺の記事でも窺えるかと思うのですが、とにかく一筋縄ではいかないのです。

なぜそう答えるのかを理解できない)もいないというくらい、わけがわからないのですが、今日話していて少し分かってきました。
しかもしつけとは全く関係ない会話を糸口として。

 

実はいま少し長く体調を崩している息子。学校を休んでいました。
昨日午前中は所用で出かけたのですが夕方ずっとベッドで休んでいました。
私は夕飯をどうしようと思っていましたが、夫が出先から戻る時間はまだ遅く、息子も起きるかどうかわからないので、途中までこしらえて待っていました。

午後8時頃起きてきた息子に

「お腹すいた?」

と聞くと

「すいた」

という。

昼間食べ残した調理パンが余っていました。それを食べてしまうというのですが、それはほんの少量だったので、

「夕飯食べる?」

と聞くと、

「いま?」

と聞くので、

「いまお腹すいているって言っていたし、夕飯の時間を過ぎているじゃない? いまじゃなくていつ食べるの?」

という会話に。

でも、結局明確な答えもなく、特に何時ということも考えていない。というので

「おなかすいているんじゃないの?」

と聞くと

「すいているよ。」

「じゃあ食べるんでしょ?」

というと、

「いまじゃなくていい。」

「なんで?じゃあ何時に食べるの?」

こんな感じ。よくわからない。体調が悪いのだから早く寝ろとは言ってあるので、10時くらいには寝てほしいと思っているのだけれど、そう聞くとはっきりしない。

 

そのうち夫が帰ってきて、夕食をだす間、息子はゴロゴロしているので、夫も

「食べてないの? なら早く起きて食べて寝ろ」

というのですが、

「まだいい。」

だるそうなので、食べないなら寝ればと言っても

「体力つけないといけないから食べなくては」

という。

「じゃあ食べちゃいな。」

「いまはいい。あー眠いんだよねぇ。」

「じゃあ食べなくていいから寝ればいいじゃない。」

「でも体力をつけるには…。」エンドレスです。イライラさせてごめんなさい。

この態度についてよくよく聞き取りをすると、
(すごくうるさそうに対応されましたが、こちらはわけがわからないので)

「いまそこまでたくさんは食べきれないかと思って」

というので、

「じゃあ少しだけ食べて寝ることにすればいいじゃない」
というとそうかなとようやく納得するのでした。

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今日は、トイレのカバーとマットをお揃いで買おうと思って息子にデジタルカタログを見せました。ちょっと男の子がすきそうなデザインだったので何種類かあるうちのどれがいいか聞いてみたのです。

「いいねー。これがいいかな?」
と二人で決めて、私がざっくり蓋カバー用にトイレ蓋のサイズを測りました。

「大丈夫そう」

というと、

息子は「本当に大丈夫?」という。

そしてトイレに行き、私を呼びつけ

「この形だと難しそうだ」

という。

私は

「うーん、よくわからないから合わなかったら困るから蓋カバーは買うのやめよう。マットだけにする」

というと、

「なんでやめるの! 買おうよ!」

という。

「え? あなたが合わなそうと言ったのじゃないの?」

意味不明。

 

また、先日体調不良なのに部活に出なくてはいけないと悩んでいました。

息子「体調悪いんだよね。行けるかなぁ。」

私「先生には状況を説明したんだから、あとは明日の朝にならなくてはわからないんじゃない?」

息子「でも明日はどうしても行かなくちゃいけないんだよ。」

私「そうは言っても(学校は長期欠席しているんだから)、体調が悪ければいけないし、それも明日にならないとわからないじゃない?」

息子「うーん」

 

なにがしたいのかどうしたいのかよくわからないことが多すぎなのです。

でも、トイレカバーの件で話をしているときになんとなくわかってきました。

 

息子はいま決断をしないのです。

 

◎夕食の件

私:早く寝るのであれば時間的にも夕飯をいま食べるべき(お腹もすいているのだし)で、そのあと早めに寝るべき。

息子:いま全部は食べられなそうだから、いつ全部食べられるかはわからないから答えない。寝る時間については考えない。→先送り

 

◎トイレの蓋カバーの件

私:いま買うか買わないかを決めて注文したい。

息子:無理そうだと思ったからそう言ったけれども、実は買いたいので、買わないと言われると嫌だが、本当に合わないかどうかをいま検証するなどはしない。→先送り

↑ここで私が息子の立ち場なら、少し心配だが買いたい気持ちが強ければ、母が大丈夫じゃないかと言っているのだからそれに任せて心配を口にしないか、やはり心配が強ければ買うのを辞めるに賛成すると思うので、息子の合わなそうと言いつつ買わないの?と聞いてくることの意味がわからなかった。

 

◎部活の件

私:いずれにせよ明日の調子を見なければわからないのだから、明朝行くかどうか判断することをいま決めた。

息子:具合が悪かろうと行った方がいいわけだからなぁー。
明日の様子で判断するとは決めがたい。→いつ判断するかも先送り

 

こういう考え方の行き違いが起こっていたのか! とはっとしました。

 

なかには息子の考え方がわかるという方もいらっしゃるのでしょうね。
今までは本当になんでそう言うのかわからずに、疑問符だらけだったのですが。

 

先送りは息子の大得意分野。

 

私にもそういうことはあるけれど、その度合いが段違いで、理解できませんでした。

それにしても、仕事はサクサクと決断してこなさなくてはいけない。悩ましい。

 

またこちらも息子の特徴ですが、気分が乗らないととてもだるいといってゴロゴロするのですが、昨晩の夕食でも途中から話にのってきたらとてもいい姿勢で元気に話していて、とてもさっきまで体調が悪くて座ることもできなかった人には見えません。
私から見ると、都合よくだるくなっているように見えることが多いのです。
自律神経の関係で体調が優れないということがあるというのはわかっているのですが必ずしもいつもそうではないということです。

そのときにいつまでそうやってダラダラしていて、いつから行動するのか、ということを考えずに先送りしています。それで1日があっという間に終わるという次第です。
寝なさいと言ってからもこれを毎晩繰り返すので、最近は私も夫もそれを見るのが不快で、先に寝てしまいます。

 

とりあえず、そういう自制が苦手なところは本当に課題だと思っています。

 

先送り癖を本人も無意識で、本気で反論してくるので、その不毛な時間を無くしたいと思っています。

 

今、「下流志向」という本を読んでいます。いくつも息子にも言えるようなことがあり、話をしたりもしました。新しい考えに息子も真剣に聞いていました。

まだ半分程ですので、読み終わったら思うところをまとめたいと思っています。

 

その反面、別の記事などで非認知能力について読むなどして、そのなかの一部について、息子は大変優れているところがあるところをもう少し評価してあげたほうがいいかなとか、同じ非認知能力でもまさに課題!というところもあったりと、考えるところも多いです。

 

 

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優等生をおとす風潮で本当に損する人

その他雑感

gendai.ismedia.jp

 

テレビで主に優等生をバカにすることへの記事。

勉強ができる子はなぜ色眼鏡で見られるのか、という記事内容について、

そもそもテレビはバカが見るものだから視聴者に合わせている、などと記事へのコメントが書かれています。

記事もコメントもなるほどと思って読んでいました。

記事には概ね共感なのですが、多少の違和感も。
自分の環境ではそこまで露骨ではなかったこと、それも環境によるのでしょうね。

私が思い出す優等生

ここから先はしばし思い出話しです。不要な方はとばしてください。
私が小学校のとき、優等生ですでに当時から小学生で進学塾にも通っていた男子はわりとみんなから尊敬されていました。彼をAとします。
彼は中学受験はしなかった。その頃学校で中学受験をしたのはそう優秀でもない男子一人だけだった。

 

新興住宅地にあった小学校は大手企業の社宅や官舎があり、家庭環境がまあまあよかったけれども、下町のバリバリヤンキーと一緒になった中学になってもAはやはり見下されたりすることはありませんでした。

かなりワルそろいの私たちの学年の中で異質な子がいました。
長ランに剃り込み(時代!)している子もいる中学生の中心にいたその子は、色白ハーフ顔の美形でさわやかな短髪でメガネをかけていて漫画に書いたら典型的優等生みたいなB。勉強はできなかったと思う。わからないけど。
その見た目で、卒業式で合唱の指揮をしたり、学級委員になってみたりしているにもかかわらず、多分学年で一番恐れられていました。
実際Bは時々ブチ切れると校内暴力で金八先生の加藤バリに机を教室の端から端まで投げ飛ばしたり、下っ端ヤンキーの口と鼻をふさいで壁に押し付けて離さず、周りをハラハラさせたり、授業中も黙って席を立ってどこかへ行ってしまったりする子でした。

それなのに気が向くと学年会議で「せんせー!やっぱ遠足はディズニーランド行きたいなー!」なんて可愛く言ったりして。キャラたちすぎですね。

 

AはBと中学で知り合い、そんなBのお守役になっていました。ふらっと出て行くBに先生は直接何も言わず、Aに目配せをすると、Aが仕方ないなぁと探しに行くといった感じ。

 

Aは特に小学生の時は、ざわつくクラスを「静かにして!」とたしなめたりするくらいの典型的優等生だったので私はあまり好きではなかったし、結局最後まで好きではなかったのだが、彼はなにか持っていたのだろうなー。BもAの言うことはよく聞いたみたい。
結局私服で自由な高校に進んだAは、私が友達のライブを見に行ったら対バンで来ていて再会。髪が伸びていて、びっくりしました。
勉強しなくていいのかと思った通り、大学受験では苦労をしていました。

 

そうかと思うと私の幼稚園から高校までの幼馴染Cは、見た目が素晴らしい完成度で、小学校、中学校、高校とずっと生徒会の長的なものを任される「見た目優等生」でした。

でも、実際の彼はそんなに優等生でもないし勉強もまあまあのところ。
ただ、よく見りゃまつげの長〜い美形で銀縁メガネが似合っていて。Cは幼稚園の時なぜか私になつき、家に「あーそーぼ」とやってきては、他の近所のお姉ちゃんたちと一緒にリカちゃんで遊ぶちょっと男の子っぽさがない子で、お姉ちゃんたちには「またあいつきたー」とか言われて私は微妙に嫌だったのを覚えています。
中高で生徒会長をやっていたときも、特別熱血な雰囲気もありませんでした。

なよっちいCだけど小学校に入るとやはり一部の女の子に人気がありました。そういえば高校でも同じ中学で生徒会を一緒にやっていた女の子と早々につきあっていたなぁ。
小学校の頃Cの家に行くと、100点のテストだけが見やすいところにまとめて飾ってあって、(おいおい、ダメなやつは捨てたのか?)と内心つっこんでました。
それにしても小・中・高どこの学校でも彼は有名で、お母さんたちの憧れの的だったのです。お母さんたちはまさに見た目で彼を過大評価していたと思います。すごく優秀だと思われていたと思う。私は見た目詐欺〜と突っ込んでいましたが。

 

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ただの思い出話になってしまいましたが、私の思い出す優等生ってそんなにバカにされていなかったなということ。
ちなみに学校で一番頭良かったかもという子は、親が学習塾をやっていて、名門私立付属校へ進学したけれど、いかにもそこが似合いそうな、ちょっときざな雰囲気の子でした。彼は学力とは逆に全く優等生の雰囲気はありませんでした。受験したらすごかった、みたいな。

 

自分の中学生時代は、ヤンキーも真面目な子もそれなりに勝手にやっていた感じ。ですからテレビなどでの定番の描き方には少し違和感を感じます。

 

テレビやメディアが優等生像を画一化しがちなんじゃないか、と思うのです。

定番の優等生像って、テレビなどが作ってきたのではないでしょうか?

優等生とか勉強ができるなんて言っても十人十色。

ラベリングにうんざり 

「さんま×東大生」も面白くて見ているけれど、後半の「東大生=もてない」はむしろメディアが作り上げているんじゃないの? と。

www.fujitv.co.jp

 

また「可愛い子に告白されて断るとかありえない」なんて、時代錯誤も甚だしい。
可愛い子=最高。ガリ勉=選ぶ資格なしって。

古いなぁ〜。

せっかくあの番組、多様な東大生を紹介して、一見変わっていて微妙な人たちを愛すべきキャラにする役割も少しはあると思うのだけれど、最後の落とし方がこれでは。

芸人の暗黙の了解をこの子たちに持ってきたって通用しない。しないからこそ、告白されても喜ばない子もいるのだ。空気読めなさ万歳。 

この現象で気になること

東大生だろうが優等生だろうがいろんな個性がいるのにその古い価値観で固定化して、勝手に単純なラベルをつけて

「勉強ばっかりだとカッコ悪いよ!」

と価値観を差し出されたとき、それが勉強できずに泣いてきた大人の慰みになるだけならいいでしょう。ガリ勉を色眼鏡で見るのは嫉妬からだよ、という意見もあるし。

だけど、実際子どもがその価値観を引き継いで、

「勉強できるのかっこ悪い」

と言って勉強しなくなるとしたら、それはその子にとって大きな損失だと思うのです。

  

だいたい、実際に勉強ができて前を向いている人たちは、本当に好きで勉強をしていたり、目的があって勉強しているので、人からよく思われないから勉強を辞めるという思考には至らないのじゃないか。
そうでない勉強ができる人は、逆に人から勉強ができて出世したいなどなにか目的を持っているからこそ、かっこ悪いと言われるのは本意ではないでしょうが、やはりそれで勉強をやめようとは思わないでしょう。


多くの人たちは、今評価が低かろうが、将来的には逆転すると思っていたり、もしくはそんなことに一切興味がないのじゃないか。

それで「いいたい奴には言わせとけ」なのじゃないかと思うのです。

 

私が気になったのは、テレビの逆差別を真に受けてしまう親が、記事でいう宮根氏みたいな安易なコメントに同調して、わが子の将来を考えるとき、楽で居心地のいいところだけ見て、

子どもは元気に遊んでりゃいい、勉強ばっかりさせてかわいそう

なんて言うのだとしたら残念だ、と思うのです。

もちろん考えがあっての選択なら別です。

 

人は、自分に都合の良い情報を得たがるのじゃないかと思っています。
子育てにおいても、親が怠けたければ、その言い訳に使えるかもしれない。
そう考えると、この記事とは違った意味で気がかりに思いました。

 

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