このブログを書くに至った理由に、知人の親子について考えることがおおかったというのがあります。
教育熱心なお父さんが、小学生の時から英語塾や補習塾を選んで通わせていました。
学校にも頻繁に顔を出し、いいお父さんという印象。
その子はよく他のお友達などとパーティだと言って家に遊びに来るのを楽しみにしていました。ところが、たびたびドタキャンをすることが。
その子はそういうイベントが大好きなのに、来られないとはどういうことかと尋ねると、
「宿題をやっていない」
「態度が悪い」
と。
「罰」を与える親御さんでした。
そのうち、説教をされても黙ってただやり過ごしたり、わかりきった嘘をついたりするようになり、
「いうことを聞かないなら出て行け」
と言われ、はじめは玄関でうずくまっていた子が、そのうち家から見える公園で数時間、一晩、しまいには二日ほど行方不明に。
その子は他の子よりできないことが少しありました。
担任より親御さんへ注意もあったようです。
「ほめるところがない。自分がちゃんとやらないから悪い。」
お母さんはそう言いました。
その頃からお父さんは学校に顔を見せなくなりました。
運動会さえ来ない。ふがいない子どもを見るのが嫌だったのでしょうか?
でも、人より話すのが上手で面白いし、自分の興味のあるものには詳しい。
学校で授業参観時に個別のプレゼンがありました。
その子はとてもその子らしい楽しいプレゼンをしていました。
その子の親御さんは来ませんでした。
「すごくよかったよ。くればよかったのに。」
と話したら、
「見に来てとは言われたんだけどね。」
お母さんも仕事で疲れていたようです。
中学生が家出をしていて事件に巻き込まれることを時々聞きます。
事件云々以前に、家出は本人からのSOSではないのか?
「やる気がない」という前にやる気を出させる工夫はしたのか。
親がまず努力して、それぞれの子どもに応じた接し方、導き方を試してほしい。
「宿題だからやれ」なんて、子どもは自らやるようになる子は少ないでしょう。
子どもは親の持ち物ではない。支配しても思うようにはならないです。
最近その子のお母さんは仕事を辞めました。
その子の行く末を案じて(主に勉強面)、放っておくとやらないから、と。
素晴らしいな、と思いました。
「あんたのために辞めるのよ。」と話すと
「ごめんね。」と小さく言ったそう。その子も嬉しかったのでしょうね。
頑張れ〜〜! 応援しています!
さて、みなさんは自分が子どもの頃から変わったとお思いですか?
「ベースは変わっていない」と思っているかもしれませんね。
私もそうでした。しかし、こういった問題に直面して改めて振り返ると、自分の子ども時代はほめられたもんじゃないです(トホホ)。
高校受験、大学受験、就職して仕事の様々な試練を通り抜けて、それで少しずつ蓄積してきた経験。それがあるからこそ、
「もっと勉強しておけばよかった。」
「早く勉強済ませて遊べば怒られないのに」
「授業を真面目に受けないと内申がもらえないのに」
と考えられる今があるのでしょう。
同じ感覚を子どもに求めちゃいけないんじゃないか、と私も最近気づきました。
ま、今までは、何度言っても聞かない息子に
「もーこいつにゃ論理は通じないのだ」
と思うことにしていたわけですが。
経験。まさに年の功ですね! 余裕でいたいものです(まだまだ無理です〜)。