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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

子どもは親をよく見ている

親の態度に呼応する子ども

息子が幼児の頃、よく牧場などに遊びに行きました。
ふれあい動物園のようなところに入ると、息子は上から覗き込まれるような羊にも臆することなく撫でたり、餌をあげられるところでは餌をあげていました。

ところが、あるとき二人で羊やヤギのいる柵の中に入っていると、小学生くらいの子どもを二人連れたお母さんが入ってくるなり、

「わー、こわい!こわい!こわい! きゃー、こっち来るよー逃げろ〜!」

と大きな声で叫んでいるのです。
連動して小学生たちも

「やだー、こわーい。」 「こっちこないで〜。」

それで、羊をなでようとしていた息子の手が止まりました。

そこにいたのは私たちとその三人程度だったとは思うのですが、大騒ぎする親子に動物もちょっと引き気味で我々から離れていき、雰囲気は一気に悪くなりました。

これ以上続くならひとこと言ってやりたいと思っていたら、幸いすぐに出て行きましたが、腹立たしい出来事でした。

ここで書くのは腹が立ったことではなく、「親の態度は子どもに大きな影響を与えるのだ」と思ったからです。
なぜあの親子がわざわざ柵の中に入ってきたのかわかりません。
でも、母親の態度は動物に対して好意的には感じませんでした。
小学生の子どもたちはそれをストレートに受け取っているようでした。

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本来子どもって動物が好きなような気がします。よくわからないからこわいけど、でも興味津々。そのときに、親が気軽に触っていれば、「ああ、触って大丈夫なんだ」と判断して親しんでいくようになる。

その機会が多ければ動物が好きになる。
触れ合う機会がなければ動物は遠い存在になる。
そして、あのお母さんのような態度をとれば、子どもは動物を嫌いになる。

動物に限った話ではないと思うのです。
親が差別的発言をすれば、子どもも差別的思考になる。
親が大食いなら子どもも大食いに、親が偏食なら子どもも偏食に。
マナーを守らなければ、子どももマナーを守らなくなる。

 

転んだときに親が大げさに騒ぐとその子は大泣きするようになり、親が落ち着いて「大丈夫だった?」と話しかける子は子どもも泣かない。

 

親がブランド思考になれば、子どももそうなる。
そういえば、高校のときに教育実習の先生が並んで紹介されたとき、その出身大学によって、あからさまに反応を変える生徒が多くてげんなりした記憶があります。 

がんばっていない口だけの親

ありがちなのが、通り一遍の「しつけっぽい」言葉を口にするだけで、あとは全部「できない子どもが悪い」という親。

子どもは大人のように自分を客観的に見て、「こんなことではダメだな」と自制できないものです。

大人は社会人経験でかなりその辺を鍛えていて、学生時代とは明らかに変わっているはずです。でもその自覚がないまま、「今の自分」目線を子どもにも強いる。

「いまやらないと困るのはあなただよ。」

そんなことを子どもが真に理解するわけもないのに、「そう言ったのにやらない子どもは情けない。」

言うだけなら簡単。どこかの塾に突っ込むことも簡単。そして

「これだけお金をかけてあげているのに。」

教えるときも、できない子どもにいらいらするだけで、

「どうしたら子どもが勉強に興味を持つのか」「なんでできないのか」

といったことを真剣に考えず、

「なんでこんなのができないんだ。」

「自分はちゃんとやっていたのに、なぜあなたはやらないの。」

 

そうやって、ダメだしをするだけ。

親と子どもが同じ能力や才能を持っているわけじゃない、ということに考えも巡らせず。

でも、多分子どもはわかっていますよ。親が手を抜いていること。自戒の意味もこめて

 

ズボラ母ブチ切れる

実はそんな親御さんのなかで、ちょっとパワハラじゃないかというくらいの方がいて、
その親子の話題になったときに、

「お父さんは子どものことを好きすぎて、つい干渉するのよ。お父さんもひどいけど、子どもがやらないからいけないのよね。」

「でも、◯◯ちゃんもお父さんが愛情があるからこそだって少しでもわかってほしいよね。」

 

その会話を聞いてブチ切れましたよ(汗。

「なんでそんなひどいめに合っているのに、子どもが親のことを気遣ってあげなきゃいけないの? 逆でしょ! 親が子どもがなんでこうなったのか、この方法でダメなら、自分が方法を変えていかなきゃダメだって反省しないで全部子どものせいにして! 親が耐えなきゃいけないんじゃないの!」
愛情なんかじゃない、ただの虐待じゃないか! と思うのですよ。

 

もう、この思考にうんざりしていたのと、他のことでもいろいろあり、一気にまくしたてましたよ。
実はこれは三人での会話なのですが、一人は納得してくれましたが、もう一人はドン引き。まあ、彼女とうまくやっていける自信はそもそもないし、その気もないのでいいのだ。もう私の前でそんなこと言わないでほしいからいいのだ。

 

私だって、仏のような親ではないです。
何度やり残した塾プリントをまとめて古紙回収コーナーに捨てにいったか。
ときにはあまりに意固地な息子をはたいたことだって。
ああ、今書いていて、やはり中学受験時の自分は人に言えるほど落ち着いてはいなかったのだろうな。

 

それでも、自分は反省する。むしろこの親子の話を聞いて、私は息子にもっと寛大にならなければと目を覚まされたのです。

でも、そのお父さんは何年たっても反省しない。
いつか、子どもが父親を超えたとき、どうなってしまうのだろう。
余計なお世話だけど心配だ。
完全なる頑固オヤジなので、直接話すつもりも介入する気もない。
でも、せめてお母さんは見守ってよ、と思う。

親も成長

私は子育て中いろいろな本を読んできました。

そこで、考えが変わることも、新たに知ることも多々ありました。
以前も書きましたが、息子が幼児のころは周囲3メートルくらいのことでいっぱいいっぱいで、ブログを立ち上げるチャンスがありましたが、書くことがなく、すぐに終了しました。

子育ては親育てともいうが本当だ。
親子関係はどうしても閉鎖的。
他に相談できる人がいる場合はまだよいが、多様な価値観を受け入れる器を大きくしていくのが子育てには必要かと思うのです。

 

私はいろいろな専門家や子育ての先輩や友人やらに教わってきました。
それでいま、核家族の親子だけの、今現在だけの悩みに縛られている親御さんたちに、もっと先のことまで視野を広げる助けになれば、と思って書いています。 


そして、これからも他の方からさらにいろいろ教わり、思春期息子の今後を考えたいなと思うのです。宜しくお願いします。

 

 

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