学校の先生が書かれているブログを見て、いろいろ考えが広がりました。
taka-ichi-sensei.hatenablog.com
父性(厳しさ)と母性(優しさ)と子ども性(楽しさ)があるということ。
それぞれのバランをとる必要があるということ。
そういえば、少し前の記事で、夫と私の対応の違いについて書きました。
私は手の薬指の方が人差し指よりだいぶ長い、いわゆる男性脳が強いタイプのようですが、それでもこの夫との差は、母性と父性かもしれないと思いました。
今回の件で言えば、父性は社会からの目ではないか。
あなたの都合は聞きません、みんなの都合をいちいち聞いていたら世の中回らない、という事実を突きつける。だから自立してこういう視線の中でやっていかなくてはならないよ、と教えることになる。
母性は、本人に寄り添う。本人の苦手やできないことを気づいて克服させていこうとする。私は決して表面的には優しくはないけれど。
どちらが正しいというわけではなく、どちらも必要なのではないでしょうか。
ちなみに子ども性は私が引き受けることが多いかも。息子と同じ立場でくだらないことを言ったり、わがままを言ってみたりしています。
怒ると鬼母なのですが、これでどうにかなっている気がします。時々は怒りながら笑ってしまい、二人で急に和んだりも。
息子が小さい頃、実家の近所に買い物に行く間、小一時間私の父に1歳すぎくらいの息子を預けたことがありました。
母と実家に戻ると、珍しくギャーギャー泣いている息子を放置している父が。
(息子は寝ながら泣いていただけで、なにか大きな困難があったわけではありません。お腹がすいていたかオムツだったか覚えていませんが)
母は、
「放っておくなんて」
と愚痴りましたが、たまに会うくらいの父がこれでもいいと私は思いました。
将棋大好きの父が幼児だった息子と将棋をすると、自分は王と歩三枚ではあるものの、たいしてヒントも与えずに息子をコテンパンにやっつけてしまい、これまた母に
「少し教えてあげればいいのに」
と言われていました。
「自分で考えろ」しか言えない父。結局息子はあまり将棋にはまりませんでした…。
父は私が小さい頃から子どもの扱いが苦手。嫌いなわけじゃないけれど、遊んでくれたことはほとんどありませんでした。数少ない休日の遊びは父の好きな水泳(勝手に泳いでいる)か、自分のフィールドに連れて行くだけ。それでも目新しくて楽しかったのを覚えています。
でも、いつも細々したことで厳しく説教をし、時には叩いたりする母と違って、ごくたまーに
「うるさい!」
と一括したり、黙ってあまり痛くないげんこつを落としたり。
その母とのギャップ(怒るポイントも全然違う)に、痛くもないげんこつが異様にガツンときた記憶があります。
また父は自分の仕事ぶり(職業以外にも人助けなど)で、黙って私に教えてくれるものも多かった気がします。
あとは公共の場で迷惑になることについてとても厳しかった。反面門限とか交際とかについてはまったく関心がありませんでした。
サークルの男子からの電話取次は
「おい、男から電話だぞ〜」
でした。ヤメテ。
ちなみにそのサークルのある女の子の家では、彼女のお父さんが出ると男子の電話を取り次いでくれないとみんなから恐れられていたりもした。今ではない話ですね。
母は家にいなすぎる、子どもの友達の名前一人として言えない子どもに無関心な父のことを不満に思っていましたが、小さい頃には物足りなさはありつつも、大きくなるにつれ、父はそれでいいのじゃないかと思うようになっていました。
母と父が同じ価値観、同じ視点で私に接する必要はない、と思うのです。
もちろん子どもをどう育てていくか、その大きな柱のようなところは夫婦で同じ方向を向いていたほうがいいと思います。小さければなおさら、親のいうことが母と父で大きく異なれば混乱してしまうと思うので。
実際私と夫も別々のところで息子に諭すその内容がそっくりなことが多いのも事実です。ただ、ベースが似ていても対応が大きく異なる。そういうのはあってもいいのかもと思いました。
父が泣いた息子を放っておいた。
そんなこともある。そんな人もいる。小さくても泣けば誰でもあやつれるわけじゃない。
一方我が家。
夫は息子の瑣末なことまで知らない。でも、その瑣末なことのつみ重ねでいろいろできたりできなかったり、やる気を出していたり失ったりするのを知っている私は、今回のように思うところあって夫と違う対応をしました。それでよかったかどうかはよくわからないし、いつもいつも自分の案を通そうとも思っていません。
いろいろな大人に面倒見てもらうのも、子どもにはいい経験だと思うのです。
たとえば子どもが小さい時、実家や義実家に預けたりした時。
いつもこうしているからそのようにしてほしい。
そう思うお母さんも多いように思います。でも、せっかくの違う環境。
ここだけはOKというのがあってもいいように思います。うちはうち、よそはよそ、おばあちゃんちはおばあちゃんち。
個人的には、こんな父を見ていたので、父親って仕事を頑張っていて、細かいことはしらんというぐらいでいい、と思っています。
なんだろう、父がもうちょっと優しくて私に干渉してきて、友達のことを聞いてきたりしたら、なんか面倒臭いと思うのです。
そういう父だったら、もっと仲よかったかもしれませんが、私は十分父は父の役割を果たしていたと思うのです。
父は1年半くらい自宅で闘病の末死にましたが、あとで手帳を見ると、私が仕事に出た母の代わりに昼ご飯を作ったり買っていったり、どこかへ車で送迎したり、そういうことがすべて手帳にメモしてありました。
だんだん字も書けなくなって、ミミズのような文字でも。記帳魔ではあったけれど、書く必要のない記録を書き続けた父にしんみりしました。父は父なりに家族を見ていたのだなあ。
それはさておき、学校の先生だっていろいろな先生がいていいような気がします。
小学校はまた特殊かと思うのですが、いろいろわかってきてからの中学、特に高校の先生は、バラエティに富んでいた方が面白いかも。
息子の学校にも不思議な先生がいます。
授業はわかりやすいんだけど、あっさりしていて、逃げるようにホームルームを終えてしまう先生(生徒にはランチに早くいけて好評)。
厳しい先生、フレンドリーな先生、丁寧な先生。いろいろな人がいるということを知るのも勉強でしょう。
私は高校時代に厳しくて嫌味な先生への反骨から成績を上げることができましたし。嫌いでしたが、一番感謝しています。そしてどの先生が合うかも生徒によるのでは。
そういえば息子の小学校低学年のときの担任の先生は、ベテラン男性教諭でしたが保護者に愛想が悪くおっちょこちょいで不人気でした。重要書類のことで失敗したりしていました。
翌年優しいけれどもしっかりしている若い女性の先生が担任になりました。保護者には人気でした。子どもの誕生パーティをホームルームでやってくれるようなきめ細やかさも。幼稚園みたいと思ったけど、子どもは喜んでいた
来年どの先生になってほしい? と聞くと、またそのおじさん先生に担任になってほしいと息子が言っていて、面白いなあと思ったものです。
卒業の謝恩会でも異動先からかけつけて子どもたちに囲まれていました。
私一人じゃ不完全でいい加減な子育ても、他の人に私のないところをフォローしてもらうことで少しどうにかなったりする、と期待しています。