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悩める子育て

過ぎてみたらたいしたことなかったいろいろ

諦める力を持つことで幸せになる

もうすぐリオ五輪ですね。いつもトップアスリートの方の言動は、若くても深いなーと思います。勝負の世界で自分の限界と戦っているので、平凡な毎日を送っている私より何倍もいろいろな問題に直面したり、考えたりしているのでしょう。
私は自分が体育会的鍛錬をするのは大嫌いですが、オリンピックなどのスポーツには熱狂します。芸術や学問に秀でている人もそうですが、突出した才能に触れるのは興奮します。

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数年前に、陸上ハードル選手だった為末大さんが「スポーツは成功するか否かが生まれた時にほとんど決まってしまう」というようなことを言って、炎上していましたよね。
「なんで炎上なのだろう」という気持ちと、「ああ、そういうの嫌う人多いのかもね」という気持ちとあって、彼の言動には興味を持っていました。

為末さんの著書『諦める力〜勝てないのは努力が足りないからじゃない』を読みました。

 

愚痴ばかり、怒ってばかりの人を見て、
「この人はいったいどうなりたいのだろう」
と思うことがよくあります。

愚痴っていたって、事態は変えられない、相手を怒ったところで相手は思うようにはならない。それで人生無駄にするなんてもったいない。もっと幸せに貪欲になっていいのではないか。
積極的に人生を選ぶという意味で、諦める力は必要なのではないでしょうか。

本で言っていることで心に留まったこと(要約)

  • 勝ちたいから努力をするよりも、さして努力することなく勝ってしまうフィールドを探す方が勝率は上がる。
  • この先進んでも成功は無理だと言ってあげる大人が必要。
  • 「ある分野でダメな人がほかにいってもダメ」という考え方をする人が多すぎるが、人によって合う、合わないはばらつきがある。
  • 普通の人がトップレベルにいくにはトップレベルにたくさん触れることが一番早い。「こんなの普通」というレベルの底上げされた環境にいる方が引き上げられやすい。
  • 失敗体験の方が豊かになる。なかなか失敗体験は語られたり注目されたりしない。
  • メダリストの何百倍ものアスリートが勝てないのに、成功談ばかり語られるので、それを実現可能なことだと勘違いしてしまう。
  • 陸上界ではコーチをなかなか変えないが、その出会いは偶然にすぎないので、何人か変えてみないと合うか合わないかはわからない。
  • 別のキャリアについて考えがきちんとあれば、負けても精神的に行き詰まらない。オプションを持つことで強くなる。
  • スポーツでランキングをあげようとすることで他の人生の可能性のランキングを下げてしまう。自分で優先順位を決めなくてはならない。
  • 日本人は人生の選択をし始めるのが遅い。十代後半から考え始めても良い。それまでになんでも没頭し努力することで自分には無理なことがあり、努力しないでもできる人がいることを知る。
  • 大企業や中小企業にヒエラルキーを見ているようだが、それは誰が作った基準か。自分がそれに縛られて選択肢を狭めていないか。
  • 日本人はランキングを好む。他者から選ばれたいと思いすぎることは、権威あるランキングに振り回されることだ。
  • コーチに全て任せることで、指導者が何をどうがんばるかまで決めてくれることが多く、本人はただ積み重ねるだけになる。積み重ねに必死になり選ぶ努力を怠ると自分にツケが回ってくる。
  • 「このくらいの偏差値だとどの企業に入れますか」と聞いてくる親御さんがいるらしい。
  • 自分がどの分野でどこまで勝ちたいか、何をしたいかを考えておけば、上には上があると言われても満足は感じられる。
  • スポーツの世界ではとかく中途半端なところで諦めるべきでないというが、その根拠があまりないようなら聞き流せばいい。
  • 努力量と実力は比例しない。スポーツは才能がないとステージにすら上がれない。才能による格差はなくならない。
  • 才能がある人には努力も辛くない。
  • さほど努力しなくてもできることはなにか、自分ができなくなったのはなぜかを考えることで、やめたり変えるタイミングはわかってくる。
  • 人生はなんでも諦めないわけにはいかない。可能性を減らしていくこと。能力の絞り込みが大事。
  • 自分の実力を見極めてから「何かになる」一歩になる。
  • 実力を見極めるには全力で試さないと体感できない。
  • 何かを真剣に諦めることで、自分がなんなのかわかってくる。

才能を見極めて一番ふさわしい場所へ

100mから400mハードルへ競技を変更して、世界陸上でメダルをとることができた為末さん。陸上の花形100mにこだわるのか、それとも世界で勝つことを目指すのか、現実的に自分の実力を見極めて選択をしたことで、いまの為末さんがあるのでしょう。
アスリートの世界はいまだに苦しい努力を美徳とされがちだと本書でも書かれていました。為末さんの言動が炎上したのもそれを表していると思います。
でも、アスリートに限らず、この客観的に自分の実力を見極めて、ふさわしい場所を選ぶのは、結果的に積極的に自分の進路をよいほうへと導くことなのではないでしょうか?

他者のランキング(大企業とか高学歴とか)に惑わされないで、本当に自分にとってなにがふさわしいかを真剣に考えるということをできている人は意外と少ない気がします。

子育てをしてきて、価値観は変わりました。
私も以前は「努力すればそれなりになる」という努力至上主義をかたく信じてはいないまでも、さほど天才の存在を理解していませんでした。

発達障害のこと、アレルギーのこと、起立性調節障害のこと、様々な「本人ではどうしようもないこと」に触れたり、自分とはまったく違う才能や興味を持っている息子を目の当たりにして、「しつけや子育て環境ではないもの」を強く感じるようになりました。

そういえば、幼少時バレエを習っていた時、ずっとあとから入ってきた子が、すっと手の先から足の先までばっちり決まった振りをしたのを見て、「ああ、才能ってあるんだなぁ。生まれながらに彼女には一番綺麗な見せ方が身についているのだ」と思ったことを思い出しました。

 

なまじ運動ができるから、芸術が少しばかり得意だからという理由でそちらの進路を選ぶ場合、本来はその子は勉強やその他のことが得意になったかもしれない可能性は、早いうちにつみとられてしまうんだなぁと思うことは今までもありました。
習い事に比重をかなり傾ける場合にはその辺親が覚悟しているのかな、と考えることもあります。そんなことを本書でも語られています。


このブログで書きたいことには、才能のないところで「努力すること、続けること」が美徳とされがちな環境で、親も子も無駄な努力に苦しみ本来ある才能を見失ってしまうことのないように、ということもあります。

 
実際何より自分がだいぶ遠回りをしたなぁ、もっとこうしたかったなぁというのがあったこと、周りの子育てを見ていて「ずれているな」と思うこと、逆に「すごいな」と思うこと、夫と運動部に入れる入れない論議で考えたこと、いろいろあったのです。

 

 人生もトレードオフで、どれもは取れない、というので思い出したことがあります。
大学時代の親友とはなしているとき、二人目の子供を産んで少ししての友達は、
「ひとりっこはかわいそうだから」
といった。


実際私は息子を見ていて「ひとりっこうらやまし〜」と思うことも多いので、そこにはさして怒りも感じなかった(よく言われるしね。)のですが、そのうち、在宅で仕事をしていて忙しい私に「いいよねー、仕事ができて。うちはいまも下の子がいるから、仕事できないわ。」
と、まあ、単なる愚痴なんでしょうが話しました。

「いや(ひとりっこなのは病気をしたのもあれば、ほかに理由もあるのだけど)、私はそろそろ仕事始めなきゃと思って、選んで行動したんだよ。あなただって選んで子ども産んだからいま仕事できないんじゃないの? なにもかもは選べないでしょ。」
と返しました。彼女は、
「確かにそうだね。」
とわかってくれたようですが、彼女自身自分は子どもができても仕事をしたいといっていた割に、ふつーの会社に就職して普通に退職してそれっきりこれといった技術もなく、時々気が向いたように通信講座など受けているけど仕事につながらない感じで未だに早朝清掃バイトなどをして頑張っている。
私は彼女と学生時代過ごしている間に技術を身につけていたよ。
時代も古くて育児休暇なんて言葉もなかったので仕方ないと思う反面、もう少し具体的にどうすれば良いのか考えればいいのに、と歯がゆいのです。

そういう彼女のようなひとをたくさん見ているので、過去に女性の進路についてあれこれ考えてみたのでした。

 

vt-maguna.hatenablog.com

 

 

子どもの進路にしても、為末さんのような冷静な視線と、権威あるランキングから自由になることで、考え方は大きく変わっていくと思うのです。

受験などでもとうてい無理なチャレンジをする必要はないと思うし、そもそもなぜそこに行きたいか、行かせたいかをもっと真剣に考えたほうがいい。
また、志望校選びなども「別のオプションを持っていれば強くなれる」という通り、幅をもたせた選択ができていたら、試験中に緊張して吐いてしまうとか号泣してしまうなんて苦しいことにはならないのではと思います。

ユニークな男の子に、ありきたりの「できのよさ」を求めて叱り飛ばしてばかりで本人からやる気を失ってしまった親御さんなど見るにつけ、ランキングは自分の子にふさわしいものを作ってあげてと思います。

アドラー心理学の考えを借りれば、「すぐにやめるのはよくない」「中途半端で諦めるのはよくない」などと言ってやらないのは、人生を真剣に考えたくないための言い訳に過ぎず、本当は「新しい選択をしたくない」ということなのかなとも思います。
諦めることは勇気がいりますが、その後の人生が自分が楽に努力できるフィールドで生きていけるとしたら、それはすごく幸せなんじゃないかと思うのですが。

そして自分が強く自信をもって選んだことには他者からどんな評価をされてもさして気にならないのではないでしょうか?


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